-月刊EQD-
Yuichiro Hosokawa
<Vol.8>
EQD筐体部門
<イントロダクション>
さまざまな角度からEQD製品の魅力を紹介していく連載『Pedal of the Month -月刊EQD-』。今回は番外編として、数々のペダルが生産されている重要拠点、アメリカオハイオ州アクロンのEQDファクトリーについて紹介します。
EQDのペダルにはさまざまなカラーバリエーションや限定モデルが存在します。ここではスタッフからのアンケート・コメントや工場内部の写真を交えながら、ユニークなモデルをデザインする“塗装セクション”についてレポートしていきましょう。
細川雄一郎(CULT)
塗装工程のすべてを完結できるEQDのファクトリー・ライン
EQDの本社兼工場があるのは、アメリカはオハイオ州アクロンという小さな街。オハイオ州はEQD代表のジェイミー、社長のジュリーの出身地であり、地元の雇用や地域の発展に貢献したいという思いから、オハイオ州アクロンに本社兼工場を建てたそうです。
その工場では、ペダルの筐体加工、塗装、UVプリント、内部の基板製造、組み立てまで、自社ペダル生産のほぼ全てが一貫して行われています。今回はそれらの工程の中でも、様々なカラーバリエーションや、限定モデルの重要な外観を決める、粉体塗装とUVプリントを担当する部署を紹介しましょう。
まず初めに、“粉体塗装とUVプリントはなんぞや?”ということから説明します。まず粉体塗装とは、数ある塗装方法の中の一種で、“焼き付け塗装”とも言われています。塗装の対象に粉状の塗料を付着させ、それを釜のようなブースで高音に加熱し、一度溶けた塗料が乾燥したあとに固まり、塗膜が形成されるというものです。実際、EQDには巨大な窯のようなブースがあり、そこで一度に複数の筐体を焼いていました。
工場内に設置されたパウダーを焼き付けるための巨大な窯(左)と塗装ブース(右)。
続いてUVプリントとは、専用のインクに紫外線(UV)を照射し、インクを瞬間的に硬化させる技術のこと。さまざまなものに手早く印刷できることで、身の回りのものではTシャツの印刷方法として広く知られています。EQDには一度に複数のペダルに印刷できるUVプリンターを所有しており、そのプリンターを使ってモデルごとに異なるグラフィック、文字類を筐体表面に印刷しているのです。
また、EQDでは粉体塗装、UVプリント、それぞれの用途で多種の塗料を所有しており、それらを混ぜて調色することも行なっているため、再現できる色の種類はほぼ無限です。様々なカラーバリエーションやショップ別注モデルなどの製作は、このように塗装工程のすべてを自社で完結しているからこそ可能なことなのです。
文字類を筐体表面に印刷するセクション。写真のUVプリンターは、ミマキ製のUJF-3042。
実際に塗装ブースを訪ねてみると、そこでまず目にするのは、大きなハンガーラックのようなものにフックで吊るされた、大量の未塗装の筐体です。塗装を担当するスタッフが、そのラックを塗装ブースに移動させて1台ずつ塗装していきます。塗料と筐体にはそれぞれ逆の極性の電気が帯電しており、その電気の力を使って塗料を筐体に付着させているのです。
ラックに吊るされたペダルの筐体は、職人の手によって1台ずつ丁寧に塗装されていきます。
塗料が綺麗に付着した筐体は再びラックにかけられ、巨大な窯のようなブースにガラガラと引きずられていきます。その窯の内部は一人暮らしができそうなほどに広く、湯を沸かしているヤカンのように熱気を放っています。その窯に投入された筐体は10〜20分ほどで取り出され、外装の塗装が完了します。
塗装が完了した筐体は、大きなUVプリンターが設置された部屋に運ばれていきます。等間隔に並べられた10数台の筐体がUVプリンターにゆっくりと飲み込まれていき、吐き出される頃には表面のグラフィックや文字類が綺麗に印刷されています。これらの工程によって、EQDペダルの多彩な外観が作られているのです。
塗装ブースの内部。
マイク・スタンジェロ(プロダクション・マネージャー)
プロダクション・マネージャーのマイク・スタンジェロに、EQDの塗装技術について話を聞きました。
マイク・スタンジェロ(プロダクション・マネージャー)
──まず最初に、あなたのEQDでの業務内容と役職を教えて下さい。
プロダクション・マネージャーのマイク・スタンジェロです。すべての製品の生産工程の管理やスケジュール調整、生産計画などを担当しています。
──ファクトリーにおける筐体塗装の工程について教えて下さい。
EQDでは粉末状の塗料を静電気や熱によって筐体に付着させる粉体塗装(パウダーコーティング)を行なっています。この方法を使えば、ものの数秒で塗料を筐体に付着させることが可能です。工場では複数台の筐体をまとめてパウダーコーティングしたあと、高熱のオーブンで10〜20分ほど加熱します。加熱する際の温度や時間に関しては、使用するパウダーの種類や吹きかける層の厚さによって変動します。
──現在、すべての塗装工程はEQD本社で行なっていますが、そのメリットは?
我々は2021年から自社で塗装を行なうようになったのですが、外部業者へ発注していた頃と比べて、より安定した品質を維持できるようになりました。また高効率的に生産計画が立てやすくなり、コストも削減することができました。そしてなんといっても、カスタムカラーのような実験的な試みが自社でやれるようになったことも大きなポイントです。自分たちの会社の設備なので、時間がある時はいろいろな実験をしています。ちなみにEQDの代表であるジェイミーは、ブランドがスタートしたばかりの頃、自宅ガレージの中で家庭用のオーブンを使って完全DIYでパウダー塗装をしていたそうです。その後、会社が大きくなると塗装作業は外部業者に委託するようになりましたけどね。
──多彩なバリエーション・モデルを生産できる理由について教えて下さい。
まずは、しっかりとした生産計画を立てることが大切です。そうすることで、実験的なモデルを急遽作ることになったとしても、柔軟に対応することが可能です。通常EQDでは設備の使用時間の軽減と重複する作業を減らすために、1日に1色、もしくは2色しか塗装に使いません。そのため、あるカラーを使って製品を生産する際には、すでに注文が入っている製品への塗装作業を終えたあとに、同じカラーを使って特別なカスタムモデルの生産などといった実験的なチャレンジを行なっています。
──あなたが現行モデルの中で一番気に入っているカラーは?
私のお気に入りのペダルは、Avalanche Run(ステレオリバーブ&ディレイ)とPark Fuzz Sound(ヴィンテージファズトーン)で使われている“Transparent Blue(半透明なブルー)”です。 Avalanche Runはブルーのコーティングの下に筐体のアルミが薄っすらと見えるので、生々しく鮮やかな色合いに仕上がっています。Park Fuzz Soundに関しては、まず最初にホワイトを吹きつけます。その白色をオーブンで焼きつけたあとにTransparent Blueを重ねていきます。そうすることで、深みと明るさを加えることができるのです。
Park Fuzz Sound(ヴィンテージファズトーン)
Avalanche Run(ステレオリバーブ&ディレイ)
──過去15年間で、エフェクター市場がここまで大きく成長した理由は?
いくつかの理由があると思いますが、まず第一にソーシャルメディアの普及が大きく関わっていると言えるでしょう。15年前の2010年にInstagramが誕生しましたが、その結果、我々の情報交換はさまざまなSNSのプラットフォーム上で行なわれるように変化しました。ユーザーは自らの興味をSNS上でシェアし、ビルダーやブランドはユーザーと直にコミュニケーションが取れるようになりました。SNSがエフェクターに対する興味を倍増した結果、ユーザーは自主的にさまざまなフォーラムを検索するようになり、やがて新たなコミュニティを形成していったのだと思います。
──ではEQDというブランドが、ここまで大きく成長できた理由は?
素晴らしいデザインと品質、そして哲学だと思います。EQDのペダルはすべて社長であるジェイミーが開発を手がけているのですが、彼が設計した製品は幸運にも広く受け入れられ、各方面からも大きな期待を集めています。そして質の高いカスタマーサービスも、EQDが成功した理由のひとつだと言えるでしょう。またEQDはSNSを使ったプロモーションを大切にしてきました。その結果、ユーザーはEQDがどのような哲学を持ったブランドなのかを理解でき、それと同時に製品の詳細情報やデモンストレーション動画へのアクセスも容易になったと言えるでしょう。
細川雄一郎(CULT)
大手楽器店にて約10年間、エフェクターの専任として勤務し、多くの著名なプロミュージシャンから信頼を集め、2016年に独立。並行して担当していた専門誌での連載コラム、各種ムック本などでの執筆活動を続けながら、ギターテックとしても活動。エフェクターのコレクターとしても世界に名を知られており、自身のエフェクター専門ウェブショップ“CULT”を2018年にオープンし、2020年には自身のコレクションに関する書籍『CULT of Pedals』を執筆、リットーミュージックより出版された。ペダル以外にハンバーガーをこよなく愛し、ハンバーガーに関する書籍などにも登場することがある。
尾藤雅哉
2005年にリットーミュージック『ギター・マガジン』編集部でキャリアをスタートし、2014年からは『ギター・マガジン』編集長、2019年には同誌プロデューサーを歴任。担当編集書籍として『アベフトシ / THEE MICHELLE GUN ELEPHANT』、『CULT of Pedal』など。2021年に独立し、真島昌利『ROCK&ROLL RECORDER』、チバユウスケ『EVE OF DESTRUCTION』、古市コータロー『Heroes In My Life』の企画・編集を手がける。2024年には、コンテンツ・カンパニー“BITTERS.inc”を設立。
西槇太一
1980年東京生まれ。8年間ほどミュージシャンのマネージメント経験を経て、フォトグラファーに転身。スタジアムからライブハウスまで、さまざまなアーティストのライブで巻き起こる熱狂の瞬間を記録した写真の数々は、多方面から大きな支持を集めている。またミュージシャンの宣材写真やCDを始めとする音楽作品のジャケット、さらには楽器メーカーの製品写真の撮影なども手がけるなど、音楽シーンを中心に精力的に活動中。また自身のライフワークとして撮り続けている“家族写真”にスポットを当てた個展も不定期に開催している。