-月刊EQD- Vol.12
Yuichiro Hosokawa
<Vol.12>
スクロールス(プリアンプ)
<モデル発表日>
2026年5月14日
<イントロダクション>
EQDペダルの開発秘話やオススメの使い方などを紹介していく連載『Pedal of the Month -月刊EQD-』。第12回目に紹介するのは、日本を代表するロック・ベーシストである中尾憲太郎のシグネチャー・ペダル=スクロールス(プリアンプ)です。本人の語った製品の開発エピソードに加えて、エフェクター研究家である細川雄一郎(CULT)の製品レビューを通して、本モデルの魅力に迫っていきましょう。
細川雄一郎(CULT)
思い描く音に素早く到達できる
全プレイヤー必携のプリアンプ
このスクロールスが中尾憲太郎さんのシグネチャー・モデルであると聞くと、例えばナンバーガールの音源で聴けるような、ゴリゴリでロックなベース・サウンドが瞬時に飛び出してくるのかと思いきや、実際に試してみると、機材に強いこだわりを持ったベーシストが練り上げた全方位型のベース・ギア、そんな1台に思えました。あらゆる局面でスピーディに意図した音色にたどり着ける機能が至るところにあると感じられたのです。
まずそもそもこのペダルは、右側のドライブ・セクション、左側のEQセクション、ふたつのセクションを組み合わせて音作りをします。どちらか一方だけを使うこともできますし、両方を併せて使うこともできます。つなぎ順はドライブ・セクションが先、EQセクションが後となっており、ふたつのセクションの間には常時有効になっているエフェクト・ループも装備されています。
まずドライブ・セクションは、良い意味で歪みのキャラが薄く、自然に歪みだけを付け足せるような印象があり、特定のジャンルに偏ることなく、普遍的なドライブ・サウンドを作れそうです。原音をミックスできるBlendコントロールも装備しており、ベースが持つ音色を変えることなく、歪みという色を乗せて少し印象を変える、それがこのドライブ・セクションに託された機能であるように思えました。あ、でもギンギンに歪ませることもできますのでご安心ください。
EQセクションもベースが持つ音色を大きく崩さないという点は共通ながら、Bass、Middle、Trebleの3バンドEQがそれぞれ良い帯域を狙っており、ストレスなく、積極的に音を変えることができます。センスのないEQコントローラーにある、あの「どこ突いとんねん!そこちゃうわ!」みたいな感じはまったくないです。それぞれ帯域の美味しい部分を引き上げ、不必要な部分を切ることができるEQコントローラーです。そこに1バンドのパライコも装備しており、シチュエーションに合わせてさらに細かく微調整することができるでしょう。
その機能的なEQコントローラーに加えて、音圧、迫力といった部分を演出する低域を加えるDeep、黒い筐体に黄色のデザインでお馴染みの名作ベース・プリアンプの音色を彷彿とさせる、ゴリゴリなドンシャリ・サウンドを瞬時に作るProcess、ピックや爪が弦と擦れる時に出るヒリヒリした質感をブーストするBright、合計3つのスイッチも装備しています。この3つのスイッチは、ナンバーガール時代の中尾憲太郎さんのベースの音を再現する要素が封入されたものだと(勝手に)理解しており、氏の音色を出したくなったら使える、非常にありがたい機能なのではないでしょうか。
このスクロールスは多くの良質なベースプリアンプと同じく、ベースの音の根幹を変えず、音の細部の質感を絶妙に調整できる、完成度の高いプリアンプです。その基本的な機能に加えて、汎用的な歪み、1バンドのパライコ、絶妙な3つのトーン・プリセットスイッチが備わっており、さまざまなシチュエーションで自らの思い描く音に素早く到達できるのではないでしょうか。中尾憲太郎さんを追うためでなく、現場でガシガシ使える便利なベース・プリアンプをお探しの方にはまずオススメです。
中尾憲太郎
日本屈指のロック・ベーシストである中尾憲太郎。2022年に惜しまれつつ解散したナンバーガールでの活動を始め、現在はArt-Schoolのサポートや中村達也(ex.ブランキー・ジェット・シティ)と結成した即興演奏ユニットの勃殺戒洞など、活躍の場所を大きく広げている。2016年からは10年に渡ってEQDのアンバサダーを務めている彼のシグネチャー・ペダル=スクロールス(プリアンプ)が完成しました。すべてのベーシスト必見の本モデルの開発背景について、特別に語ってもらいました。
どんな状況でも成立する
“自分の音”を 持っておく必要性を感じた
Scrollsは、シグネチャー・ペダルにありがちな“特定のサウンドの再現”を目的としたものではなく、どの現場でも通用する“基準となる音”を構築するためのプリアンプとして開発がスタートしました。
僕のシグネチャー・ペダルを作ろうという話は、EQDのPRに関わり始めた2016年頃からあったんですけど、その時はまだ具体的に何を作りたいかが見えていなかったんです。中途半端な状態で始めると時間もかかるし、お互いに納得できるものにならないと思って、長らく開発には至っていませんでした。
その後、Art-Schoolや浅井健一さんのサポート、ナンバーガールの再結成、中村達也さんと組んだ勃殺戒洞での即興演奏など、自分の演奏環境が大きく変わっていきました。特にナンバーガールが再結成した時は、昔の自分が出していた音と向き合うことにもなり、“そういえばこういう音でやっていたよな”とフラッシュバックするような感覚が強かったんです。
抽象的な表現になりますけど、わりとズシッとした音で、ギリっと歪んでいて、真ん中がスコンと抜けるような感じ。そういう感覚的な部分を右手のタッチで表現できるようなセッティングを目指して音作りをするようになっていきました。
加えて、メンバーが固定されたバンド編成だけではなく、その都度編成や音楽性が変わる現場に入ることが増え、使用するアンプや会場の規模も毎回異なることが多くなっていったんです。そうした状況の中で、軸となる“自分の音”を持っておく必要があると強く感じるようになっていきました。やっぱり……どんな編成においても、アンサンブルに対して自分の音がうまくハマらないと、どこか気持ち悪いと感じてしまうんですよね。
もともと自分は、サンズアンプをはじめとしたプリアンプを軸に音作りを行なってきました。これまでプリアンプが入っていないボードを組んだことがないくらい、ペダルボードの中には常にプリアンプが組み込まれていて、サウンドメイクにおける中心的な役割を担っていました。
これまでいろんなブランドのプリアンプを使ってきた中で、それぞれに良さはあるんですけど、“ロックにはハマるけど他の編成では扱いにくい”とか、“低音の出方はいいけど応用が効きにくい”といったように、どうしても用途が限定されてしまう部分があったんです。そのような経験を踏まえて、Scrollsは音を大きく変えるためのエフェクターではなく、どの現場でも自分の演奏が成立する状態を整えるためのプリアンプとして開発を進めていくことになりました。
彼が実際に使用しているスペシャルなシリアルナンバー1のScrolls。
自分が納得できる “ふさわしいベース・サウンド”
まず最初にイメージしたのは、アンプに依存しないこと。それからライン出力でも成立すること。そしてジャンルや編成に関係なく使えること。この3つが満たされていれば、どんな現場でも自分が納得できる“ふさわしいベース・サウンド”を作ることができると考えたんです。
方向性が固まった段階で、必要な機能も明確になっていきました。それは、自分がこれまで現場でやってきた複合的なアプローチをひとつの筐体で再現できる、ということ。具体的には、低域と高域のEQバランス、ミッドレンジの微細なコントロール、そして歪み成分を微調整できるようなコントロールを備えた仕様にしたいと考えていました。
Scrollsの開発において、特に重要だったのはEQです。音量でフレーズを前に出すのではなく、必要な帯域を整理することで、ベースがきちんと抜けて聴こえる場所を作れるようにする、ということを意識しました。この重要なイコライジング・パートには、手に入れてから10年以上に渡って愛用し続けているEQDのTone Job(イコライザー&ブースター)を回路の中に組み込んでもらいました。特にミドルの帯域をしっかりコントロールできるようにしたかったんです。さらに、パライコ(Vari-Freq)を追加することで細かい微調整が可能になり、他の楽器とのバランスを崩すことなく、状況に応じてベース・サウンドを成立させるトーン・コントロールを行なえるようになりました。
加えてEQDの開発チームには、“すべてのスイッチをオフにした状態で、すべてのノブを12時にすると原音が出るようにしてほしい”とお願いしました。どんな環境でも簡単にニュートラルに戻れる状態を作っておきたかったし、そこから必要な分だけ足し引きして調整できる余白を持たせたかったんです。開発チームからは、この原音の状態を作るのが一番大変だったと聞きました。
歪みに関しても、いわゆる派手なドライブ・サウンドを前面に出すものではなく、音をまとめるために薄く加えることを前提に考えています。自分の場合、歪んでいることに気づかないくらいのニュアンスでドライブをかけていることが多いので、その感覚をそのまま再現したかったんです。とはいえ、もちろん皆さんが“中尾憲太郎のベース”と聞いてイメージするようなゴリゴリとしたサウンドも作ることも可能です(笑)。例えばDeep、Process、Brightのスイッチをすべてオンにすると、サンズアンプのようなキャラクターにも寄せることができます。
このようにScrollsは、ペダル単体で活用できるのはもちろん、さまざまなプレイヤーの多種多様なペダルボードの中で機能することも想定して開発しました。基本的な使い方としては、まずボード側で基準となるサウンドを作り、アンプはあくまでモニターとして使うイメージです。そうすることで、アンプや環境の違いに左右されにくくなると思います。
さらに筐体の側面にはXLRアウトも用意しているので、レコーディングやアンプを使えないような現場でも、そのままラインで自分の音を出力することができます。PA側で余計な補正をかけなくても成立する音にしておくことで、自分の出したいサウンドのクオリティが大きく上がると思います。
ベーシストだけでなくギタリストを含めた
すべてのプレイヤーにオススメしたい
結果として、Scrollsはジャンルや編成に縛られないペダルとして完成しました。ナンバーガールのようなロック・バンドでも、ジャンルレスな即興のセッションでも、同じ基準点から音を立ち上げることができるので、状況に合わせて必要な箇所だけ調整していけば、どんな環境にも対応できるようになっています。これまで長い時間をかけて試してきた機材や音作りの積み重ねがあって、ようやく自分の中でひとつの形になったのがScrollsだと思います。
名前の由来は、文字どおり“巻物”。僕の中では、“秘伝の書”や“奥の手”、魔法使いが呪文を唱える時に使う巻物のようなイメージですね。
人の名前が入ったシグネチャー・モデルは、どうしても手を出しにくい部分があると思うんです。そういう感じはあまり好きではなかったので、できるだけ先入観なく、いろんなプレイヤーが自然な形で長く愛用してもらえるようなペダルにしたいと思っていました。そういう想いも込めて作った製品なので、ベーシストはもちろん、ギタリストも含めたすべてのプレイヤーにオススメしたいです。
■ Scrolls ノブ設定
▼左セクション(EQ/Preamp)
Level:9時
Vari:1時
Vari-Freq:1時
Bass:1時
Middle:3時
Treble:12時
Deep(スイッチ):ON
Process(スイッチ):OFF
Bright(スイッチ):OFF
▼右セクション(Drive)
Level:1時
Blend:8時
Drive:8時
Bandwidth:5時
Tone:7
◎Profile:中尾憲太郎(Kentaro Nakao)
1974年6月17日生まれ、福岡県北九州市出身。1995年、福岡にて結成されたロック・バンド、ナンバーガールのメンバーとして1999年にシングル『透明少女』でメジャー・デビューし、2002年に解散。バンドの解散後はCrypt Cityをはじめ、ACO、浅井健一& The Interchange Kills、ART-SCHOOL、TK from 凛として時雨など、数多くのバンド/プロジェクトに参加。質実剛健なプレイと、彩りを加えるエフェクティブなアプローチによって、アンサンブルの屋台骨を支えている。
バンド活動と並行して、MASS OF THE FERMENTING DREGSやtricotのプロデュースも手がけ、アンサンブル構築やサウンドの方向性に深く関与。プレイヤーとしてのみならず、作品全体を俯瞰するプロデューサーとしても活躍している。
近年はセッション・ミュージシャンとしての活動も活発で、中村達也(ex.Blankey Jet City)と結成した“勃殺戒洞”や、toeの柏倉隆史とのセッションなど、即興性の高いスリリングなインタープレイを軸としたプロジェクトにも多数参加しており、多様なミュージシャンとのコラボレーションを通じて、現在進行形で自身の音楽表現を更新し続けている。また2020年からはKentaro Nakao play via Modular Synth名義でモジュラーシンセを駆使したライブ演奏も行なう。
2016年からは、アメリカのエフェクター・ブランド、EarthQuaker Devicesのアンバサダーとして活動をスタート。製品のデモンストレーションを行なうセミナーやプロモーション・ムービーの企画など、日本から世界に向けて発信するオリジナル・コンテンツのプロデュースを数多く手がけている。
細川雄一郎(CULT)
大手楽器店にて約10年間、エフェクターの専任として勤務し、多くの著名なプロミュージシャンから信頼を集め、2016年に独立。並行して担当していた専門誌での連載コラム、各種ムック本などでの執筆活動を続けながら、ギターテックとしても活動。エフェクターのコレクターとしても世界に名を知られており、自身のエフェクター専門ウェブショップ“CULT”を2018年にオープンし、2020年には自身のコレクションに関する書籍『CULT of Pedals』を執筆、リットーミュージックより出版された。ペダル以外にハンバーガーをこよなく愛し、ハンバーガーに関する書籍などにも登場することがある。
尾藤雅哉
2005年にリットーミュージック『ギター・マガジン』編集部でキャリアをスタートし、2014年からは『ギター・マガジン』編集長、2019年には同誌プロデューサーを歴任。担当編集書籍として『アベフトシ / THEE MICHELLE GUN ELEPHANT』、『CULT of Pedal』など。2021年に独立し、真島昌利『ROCK&ROLL RECORDER』、チバユウスケ『EVE OF DESTRUCTION』、古市コータロー『Heroes In My Life』の企画・編集を手がける。2024年には、コンテンツ・カンパニー“BITTERS.inc”を設立。
西槇太一
1980年東京生まれ。8年間ほどミュージシャンのマネージメント経験を経て、フォトグラファーに転身。スタジアムからライブハウスまで、さまざまなアーティストのライブで巻き起こる熱狂の瞬間を記録した写真の数々は、多方面から大きな支持を集めている。またミュージシャンの宣材写真やCDを始めとする音楽作品のジャケット、さらには楽器メーカーの製品写真の撮影なども手がけるなど、音楽シーンを中心に精力的に活動中。また自身のライフワークとして撮り続けている“家族写真”にスポットを当てた個展も不定期に開催している。